ウェイン・ショーター42 ウェザリポート解散

娘イスカの状態が悪くなり、1983年に帰らぬ人となった、、
なんともショーターって凄い人生ですよね、、

マイルスバンド脱退と同じく、このタイミングをみてウェザーリポートを抜ける事に。
1984年ウェザーリポートは最後のツアーを、
1885年には「スポーティング・ライフ」というアルバムを制作。

ところが、コロムビアの契約上ではもう一枚という事になっていたため、
ジョーザビヌルは、さっと「This is this」というアルバムを作成します。
これがラストアルバムになるわけですが、「これは、これ」という、
なんとも最後らしいアルバム名ですよね!

僕「スポーティングライフ」のサウンド感の方が好きです!
一曲目の始まりがなんともかっこいい!
それにオマーハキム&ビクターベイリー!さすが!って感じのグルーブ感ですよね!

ウェイン・ショーター41 新しいリズム隊

ジャコとアースキンの抜けたウェザーリポートには新たに
オマー・ハキム(ds)とビクター・ベイリー(b)が加入します!

ウェザリポートの動画って昔あんまりなくって、これを買ってよくみてました!
ジャコの動画今ではすぐYouTubeでみれますけど、、、、
なかなか見つけれなかったです、、、

オマーハキムがドラム演奏しながら歌うんですよねー!!

ウェイン・ショーター40 ワード・オブ・マウス

ジャコ・パストリアスとピーター・アースキンは1982年にウェザー・リポートを脱退します。

その前にジャコのソロアルバム「ワード・オブ・マウス」で、ショーターはソプラノを吹いています!

この曲はジャコの子供のジョンとメアリーの歌声や笑い声が入っています。
お父さんの優しさが溢れる曲ですねー!

 

ウェイン・ショーター39 ジョニー・ミッチェル

スティーリー・ダンとの共演を果たしたウェインはジャコ・パストリアスを介して
ジョニ・ミッチェルと知り合います。
ジャコは1976年のジョニのアルバム「逃避行」に先に参加していました。

ウェインとの初共演は1976年「ドンファンのじゃじゃ馬娘」のレコーディングでした。
その後も「ドッグ・イート・ドッグ」「ミンガス」にも参加しています。

今回とりあげたのは「ミンガス」というアルバムの「デ・モインのおしゃれ賭博師」

このアルバムはジョニとミンガス本人で作っていたのを、ジョニの方向転換で
ジャコ、ウェイン、ハービー・ハンコックが参加して作成しています。
ミンガスと制作していた時のコーラスや、ミンガスの声が切り貼りされてはいっています。

でも、ウェインはジョニのツアーにも参加せず、これをきっかけに
たくさんのポップミュージシャンからのオファーを全部断ってしまいます。

ツアーがウェザーリポートでも多かったし、やはり仏教にもかなりの時間をつかっていましたからね、、、

 

ウェイン・ショーター38 スティーリー・ダン

「ジャズミュージシャンはポップ畑の人間との仕事を、まるで伝染病かなにかのように毛嫌いするもんだ。」と本に書いてあるんですが、やっぱりそういう風潮はあったんでしょうね。

1970年代のフュージョン、プログレの流れはポップとの境界線を少なくしたが、やはり、批判する人は多かったようです。

ショーターも多くのオファーをうけつつも、自分がすんなり受け入れることができるバンドとして、スティーリー・ダンに白羽の矢があたった。

このAjaはジャズミュージシャンの中でも有名です。

ドナルドフェイゲンは昔からショーターのファンで、「ウェインみたいな音を出す」プレイヤーをやとうか、、、と考えていたが、やはり本人が!なんとしても捕まえるぞ!という気構えだったそうです。

ウェインが入った時点ではほとんど出来上がっていて、ソロパートだけをとっていく状態だったそうです。

この曲はドラムがスティーブガッドだし、神がかっていますね!

ウェイン・ショーター37 映画音楽制作

ウェザーリポートも軌道に乗った活動している中、意外な事にそんなに金銭的に余裕はなかったようです。
レコード会社がコンサートへのサポートはしてくれなかったため、ジョー・ザヴィヌル(key)とウェインが、
持ち出しをする事も多かったようです。(持ち出し=建て替えて払う)

後に交渉する事で、そのあたりのサポートも受けられるようにはなったようですが、、、
その間ジャズの作曲の仕事は日照り状態、、、
しかし、ロサンゼルスに移り住んでいたため、映画のサウンドトラックの仕事があったようです。

こんな映画の曲も作ってたんですね。
「摩天楼を夢見て」1992
「逃亡者」1993
「代理人」1995
いやーリアルタイムでみてますよ僕、、、

そしてジャズミュージシャン(バドパウエルとレスターヤングがモチーフになっている)落ちぶれていく様を描いた、
「ラウンド・ミッドナイト」という映画では、この「コール・シート・ブルース」を書いてグラミー賞も受賞しているようです。

テーマらしいものはないんですけどね、、、

 

ウェイン・ショーター36 V.S.O.P

ウェザーリポートにはドラマー ピーターアースキンが入ることにより演奏が安定する。
しかし、この頃のライブはジョー・ザヴィヌル(key)とジャコ・パストリアス(b)のバトルが毎日のように繰り広げられる。お互いが毎回新しい機材を導入しては演奏であばれまくる。

ウェインはその中、演奏は控えめになるしかなかった、、、
しかも娘イスカの問題もあり、仏教へのめり込んでいくという状態だった。

そんななか、1976年のニューポートジャズフェスティバルで第二期マイルスバンドとほぼ同じメンバーでのセットが組まれた。
ハービー・ハンコック(p)ウェイン・ショーター(ts)フレディ・ハバード(tp)ロン・カーター(b)トニー・ウィリアムス(ds)というメンバーである。

ハービーやチック・コリアなどのバンドで、電子楽器の導入がすすむなか、後期ハードバップ時代のサウンドが帰ってきたわけである。もちろん多くの客に受け入れられることになります。

このセットをウェインやハービーのたしなんでいたコニャック(ブランデー)の高級品種の名前になじらえて、ベリー・スペシャル・ワンタイム・パフォーマンスで、V.S.O.Pと名づけ活動していくことになります。

フレディーはトニーウェイリアムスの音の大きさに半ば喧嘩別れのような形で抜けてしまう。

その後ハービーが若手のウィントン・マルサリス(tp)を迎えたり、サックスはジョーヘンダーソンになったり、ブランフォード・マルサリスになったり、メンバーチェンジを繰り返します。

上にはった動画は、やはり動画がいいなー探しましたが、ウェインが入ってるものだとこれだけしか見つけられず、、トランペットはウォレス・ルーニー(tp)がはいっています。

いやーこのセットみたんですけど、、しびれまくりました。
ウォレス・ルーニー大好きだったんですけど、コロナで亡くなってしまいましたね。

惜しい人を奪っていきました、、

ウェイン・ショーター35 ヘヴィー・ウェザー

このアルバムはウェザー・リポート史上一番売れたアルバムです。
まあ、ご存じの皆さんには当たり前かもですが、、、

僕的にはこのアルバムの2曲目の「お前のしるし」のウェインが大好きなんですが
やはり、一曲目のジャコがベースでハーモニクス奏法で演奏するバードランドは、
紹介せざるおえません、、、

何度聴いてもかっこいい!

ウェイン・ショーター34 ジャコ・パストリアス

ベースのアルフォンソ・ジョンソンが抜けたあとに交代するのが、
お待たせしましたジャコ・パストリアス(b)です!

エレクトリックベースの革命児といっても過言ではない彼は、オーディションの時に
「俺の名前はジョン・フランシス・パストリアス三世。世界一のベーシストだ。」
といったそうです!

アルバム「ブラック・マーケット」からの参加で
いきなりオリジナル曲も採用されています。
それがこちらバーバリー・コーストです。

いやー、間違いなくグルーブ感がガラっと変わっていますよね!
改めてすごいです!

ウェイン・ショーター33 ウェザーリポート チェスター・トンプソン


「ツアーに出て、飛行機でどこかの町にいく。ジョー(ザヴィヌル)がゲートの所で、その日のギグ(ライブ)に参加するためにやってきた新しいドラマーと挨拶をかわす。一方荷物の受け取り場ではウェインが前の晩にプレイしたドラマーにお別れを告げているんだ。」

といった具合にドラマーが確定せず、とりあえずチェスター・トンプソンに収まった。
ザッパバンドにも参加しているチェスター・トンプソン!僕大好きなんですよね!

ドラマーがコロコロ変わることによって、ベースのアルフォンソ・ジョンソンはストレスを感じていた。
リズム隊の相方がかわることによって自由に演奏できず、リズムキープをするだけになってしまっていたからだ。

いやーすごくよくわかります。ベースと呼吸するみたいにリズムが合わないと、他の事をつみあげていけなくなりますからね。
僕も固定メンバーでのツアーが大好きです。

そして、あらたなベーシストが入ることになります。
みなさん誰かわかりますよね?