アントニオ・カルロス・ジョビン 07 Dindi

義父のセルソと母親のニルザは
リオの家を引き払っって
ブラジルの山奥ミナス・ジェイラス州にある
ポッソフンドに移り住んで養鶏を営んでいた

トムは時間が許せば週末そこに向かい
そこで多くの曲を作曲している

トムは亡くなるまでずっと自然愛護者だったし
多くの自然があるポッソフンドを愛していたのだと感じます。

有名な曲Dindiは
マラヴィーリャへ行く途中のヂリンヂの大草原から
「どこへ行くとも知れない川の水」という歌詞になっているようです
ずっと女性の名前だと思っていました

[Antonio Carlos Jobim] から

アンパンマンドラムセットでTake5を叩いてみた!

このドラムセット前から気になっていて
バスドラムのペダルなんてプラスチック一本でつくってて
でも結構ちゃんと動きます

すごい開発に色々考えてるんだろーなー

ニュージャージーでセッションした時って
ドラムあるよーっていわれていったら
ライドとスネアとハイハットしかなったんです、、、

でもみんなそれだけで十分音楽つくるんですよ

こういう楽器でどこまで表現できるか?
色々やってみようと思います!

今回はジャズの定番
ポールデスモンドの
TAKE5を演奏してみました!

 

3拍子が上手くなればジャズドラムは格段に上手くなる!

ある程度の演奏ができるようになると
3拍子をまたぐ練習をしていく事で
ジャズドラムの演奏は飛躍的に上手くなります

3拍子の最初はおそらく
ソニーロリンズプラス4の
バルスホットじゃないか?と思っています
このサウンド感から
バディリッチのノルウェーの森のような
スピード感あるドラミングにするには
シンコペーションが必須です!

2種類のシンコペーションができれば
かなりモダンな3拍子が叩けるかと!

僕の作った3/4のシンコペーションブックも使って
練習してみましょう!

3/4シンコペーションブック(メルマガ読者限定)

3/4 syncopation book

アントニオ・カルロス・ジョビン06 ジョアン・ジルベルト

ジョアンとの出会い

1958年トムはアルバム「カンサォン・ド・アモール・ヂマイス」に参加
この時「想い溢れて」Chega De Saudadeでジョアンジルベルトはヴィオラォンを弾いた

ボーカルは エリゼッチ・カルドーゾ
当時一番売れたアルバムとなった!

この完璧主義者のジョアンの才能をトムは非常に評価し
彼のレコーディングをしてくれるレコード会社を探したが
無名のジョアンを起用する会社はみつからなかった

しかしトムはあきらめず
1959年にとうとう ジョアンの名義の「Chega De Saudade」を世に送り込んだ

以下引用

アルバム「想いあふれて」は決定的にボサノヴァを世に送り出したのだ。
この名前は、トムがアルバムの裏に書いた、ジョアン・ジルベルトを賛美する
「このバイーア出身の新しい才能(ボサノヴァ)」という一文から
マスコミが拝借したものだった。

「アントニオ・カルロス・ジョビン」エレーナ・ジョビン著

人を信用して、夢をあきらめず、才能をめでるトムの姿勢は
すごくキュンとします!

[Antonio Carlos Jobim] から

アントニオ・カルロス・ジョビン05 作曲の手順

作曲のやり方って色々ありますよね

モーツァルトは曲を書き始めて
途中でインスピレーションが途切れたものは駄作だと
捨ててしまっていた

それをみたベートーヴェンは
何度も手直しして書き直して良い曲にしていけばいい!と考えた

ジョビンの書き方は面白いです

奥さんテレーザとはずっと恋人のようで
離れたら長電話をするというラブラブ具合

以下引用

頭に浮かんだテーマを展開するのだが、その途中でハーモニーに行き詰まることがある。
すると彼は、テレーザに助けを求めた。
「テーマはどうだっけ?」
すると、テレーザはメロディを口ずさみ、教えた。
「こうだったかしら?」
彼は妻の歌に満足し、笑った。
「完璧だ」

テレーザはやきもきした。メロディーが浮かぶたびに、すぐ紙に書きつけてくれればいいのに。
だが、トムにはトムの作曲の仕方があった。曲を作る時には、まずハーモニーから探っていくのだ。
メロディーはその後で、テーマを集約する事になる。その後ようやく、歌詞という「化けもの」にとりかかり、磨きをかけ、最後に全部を紙に書き出すのだ。

「アントニオ・カルロス・ジョビン」エレーナ・ジョビンより

僕の友人のピアニストも
作曲して弾きこんで、数ヶ月して全部ひけたら紙に書き出す
という人がいます

僕なんかわすれちゃうから、ドラムソロでも1小節づつ書いちゃいますけどねーww

[Antonio Carlos Jobim] から

メンバー全員の思考 高速7拍子Summertime

ジャズの演奏中の考えてることを
リアルタイムで書き出してみた

ジャズドラム
ジャズベース
ジャズピアノ
ジャズギター
全員の思考が見れます!

それぞれの思惑が
交錯して
フレーズを予測しあう演奏の感じが
理解できると
ジャズはめちゃくちゃ楽しくなります

この曲はジョシュアレッドマンのアレンジの
7拍子の高速ジャズリズムで
4拍子に変化したりします

行き先が不安で探り合ってる感じが
緊張の演奏でした!

ファンクビートこれだけは絶対!

ファンクビートや
ヒップホップを演奏する時に
練習しておくべき順番

3つのパターンに分類されるので
それにすこしづつ肉付けして
練習しましょう!

TOTOのロザーナ
感電
丸の内サディスティック
もこれでできます!!

資料(メルマガ読者限定)

funk 資料

アントニオ・カルロス・ジョビン04 共作者

ニュートン・メンドーサ

リチャードロジャースが作曲するにあたって
ロレンツハートという作詞家と組んでいたように

作詞作曲のパートナーっていますよね

トムが最初に組んだのが
ニュートン・メンドンサです

有名なところというか黒本にのっているだけで

黒本1

ワンノートサンバ

黒本2

デサフィナード
メディテイション

他にも「喧嘩」「ある夜」「口論」「十字架」「インテルテーザ」

などがあるようです

ヴィニシウス・ジ・モライス

なんといってもトムが有名になる
一番の出会いは

モライスとの出会いでしょう!

トムは勿論以前からモライスを知っていたし
見かけもしていたけれど、
すでにモライスはすごい人で
遠くから眺めているような存在でした

音楽評論家のルーシオ・ハンジェルが
トムを彼に引き合わせてくれた

トムのよく通っていた「ヴィラリーノ」という店で

「ヴィニシウスがオルフェウ・ダ・コンセイサォンの作曲者をさがしている」

それに対してトムは

「それは、お金になる仕事?」

と答えて

「相手はヴィニシウス・ヂ・モライスなんだぞ!」と
たしなめられたのは、とても有名です

本人もジョークとしていつもこのエピソードを語っています

映画化された「黒いオルフェ」です

映画で使われた曲はまた別でつくっているのですが
内容はまさにギリシャ神話をブラジルを舞台につくった
そのものです

「オルフェイウ・ダ・コンセイサォン」1956年の大ヒットにより
トムは一躍ブラジルでトップ作曲家になっていきます

本人はビンセンチ・セレスチーノが「もし皆があなたと同じだったなら」を録音したのを聴いて
名声を手に入れたんだ!と実感したそうです

この曲 「Someone to light up my life」という名前でよく演奏されますね!
これがヴィニシウスと最初に作った曲なようです!感動的!!!!

モライスとの共作は黒本では

黒本1

Girl from Ipanema
How Insensitive

黒本2

Agua De Beber
Chega De Saudade
O Grange Amor

です!

[Antonio Carlos Jobim] から

アントニオ・カルロス・ジョビン03 結婚

恋する日々

妹のエレーナとは
「あいつとはもうキスしたの?」なんて相談する仲

亡くなるまでずっと良き相談者であった

トムは初めての恋人テレーザと付き合い始めて熱愛

若くハンサムなトムに言いよる女性は多かったが
テレーザに対しての貞淑は有名だった

すごいな、、、僕は無理かもww

結婚

彼女と結婚したいがために
建築の学校をやめようかと2番目の父に相談
父は「結婚したいなら援助してあげる好きにしなさい」と

トムは学校を中退して1949年結婚
トム22歳 テレーザ19歳

家族を養うために夜にピアノを弾いて成形をたてるようになる
この頃はルンバ・ボレロ・シャンソンなどを弾いていたようです

1950年息子パウロが生まれる

デビュー

夜にピアノを弾いての生活はかなり苦しかったようです
義理の父に何度も援助を頼み
本人も精神的にかなりまいっていたようです

音楽家あるあるですね、、、

子供が産まれて4年ほどしたころに
昼の仕事、楽譜を書き取る仕事をはじめ

この頃からアレンジなどを頼まれ始め
人に自分の曲を聴いてもらうようになる

1953年には初期の作品が発売され

初のヒットは
奥さんテレーザと恋人同士だった時にかいた

浜辺のテレーザ

ルーシオ・アルヴェスとディック・ファルネイのデュエットは
いろんなラジオ局でかかりっぱなしだったそうです

もうすでにボサノバのスタイルで録音してるんですねー、、、

[Antonio Carlos Jobim] から