アントニオ・カルロス・ジョビン09 カーネギーホールコンサート

このエントリーをはてなブックマークに追加

シドニー・フレイという出版社の社主で
レコード会社オーナーが

1962年11月21日
カーネギーホールでのボサノヴァのコンサートを企画した

外務省が22名分のアーティストの旅費を用意したが
コパカバーナでのカクテル・パーティーで
招待されてないが出演したいミュージシャンが殺到

シドニーとしては、沢山でれば受けるものもあるだろう的な思惑で
自費でいくなら誰がきてもかまわないということになってしまう

統制のとれた立派なコンサートを企画していたが
これでは出鱈目なショーになってしまう

トムはそれを聞いてコンサートに行くのを辞退した
しかし外務省から電話があり
沈むなら船長のお前も沈んでこい!
ということで参加せざるを得ないことに

会場は満席のなかトムは歌うことに
ワンノートサンバ一曲のつもりが
コルコバードを2回歌うはめになった

コンサートは賛否両論だった
ブラジルではこのコンサートに敵意を持つ人がいて
酷評されることになる。
アメリカでは好意的な記事もあったが
雑誌「ザ・ニューヨーカー」には
「ボサノバ・ゴーホーム」と書かれ

当時の音楽ユニオンはブラジル人がプロとして演奏するなら
国外退去にすると圧力をかけていた

新しいものに対する拒絶反応というのがすごいですよね
しかしこれはトムに対して怒りとやる気にさせた
というのがすごい!

こういったボサノバの舵取りをしていったジョビンがいたからこそ
今だに世界で演奏されるジャンルになったのではと思います

[Antonio Carlos Jobim] から

 

アントニオ・カルロス・ジョビン09 カーネギーホールコンサート」への2件のフィードバック

  1. いつも素敵な配信をありがとうございます。
    ゆったりとした時の流れを感じます。
    ジャズもボサノバも大好きです

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)